あたしだって、幸せになってもいいでしょう?
タイトルのセリフは、映画「誰も知らない」の母役YOUの引用ですが、
結婚した後にも、子供や、夫が居ながらにして、恋愛をしたいと思う女性は少数ながら、存在します。
或いは、「たまたま好きになった男性に妻がいただけ」としながら、浮気する女性も少なくありません。
そのようなひとたちは、自分自身がまさか浮気するなどとは、夢にも思いません。
漠然と、浮気というものは、本や映画の世界のはなし、とさえ考えてしまいがちです。
しかし、あることをきっかけにして、女性は恋に落ちる。
このことに、何の問題もありません。
ひとを好きになることは無条件にすばらしいことです、が、しかし。
この恋が、浮気となると、話は違います。
興味深いことは、女性たちが、浮気の恋に落ちる前には、
何となく 「浮気→やっちゃダメ!」 といった図式があるにもかかわらず、
浮気中のときは 「浮気→それが、何か問題でも? 」 という風に価値観が変化してしまうところにあります。
浮気には相手の家庭等への背徳心と、恋をする女性の純粋な心が相まって
劇的に愛の関係を深めていきます。
一部の女性は、浮気がよくないこと等と思いつつも、やってしまいます。
この心理のバックグラウンドには日常生活への目立った不満はありません。
しかしながら、
最近わたしの会話をちゃんと聞いてくれない…
親の介護をわたしだけが面倒みてるなんて不公平…
わたしってあなたにとって一体なんなの?…
ほかの人が聞けば些細なことのように感じられるようなことであっても、
女性たちの心には、満たされない欠落感が内包されています。
また、女性が意識していないだけで、無意識に幼少の頃の記憶、事件、家庭環境なども関連してくる場合があります。
あることをきっかけにして、女性は恋に落ちます。
このことを、誰にも止める権利はありません。
独身であっても、夫や子供を持つ妻でも、キャリアウーマンでも、
老齢にさしかかったおばあちゃんでも、女性は、恋に落ちます。
しかし、その恋がもしも浮気だったら、
相手の家族は何を思うのでしょうか、相手の子供は何を思い、大人へ成長するんでしょうか…。
浮気相手は将来どういうふうになってしまうか…。
けして簡単に想像できるようなことではありません。
しかし、考える価値はあると、思います。
浮気する父親を持つ幼い女の子は、
父親に対する信頼を失します。
当たり前…、だと思いますか?
もしも、その浮気する父親が仮に、
自分の実の父親だったらどうでしょうか?
「信頼を失する」という言葉では抑えきれない感情が込み上げてくるかもしれません。
普段の生活から、自身の価値観を再確認できる、という訓練です。
満たされない欠落感。欠落。それは、女性だけでなく、男性にもあります。
その欠落を浮気で穴埋めしようという行為は、何も生み出しません。
ただ、行く先では、悲しみと、
今まで以上の満たされぬ思い、虚しさを味わうことになってしまいます。
自分で意識してるのにどうしても浮気が止められない、という場合は、精神的な問題も考えられます。
そのような場合は勇気を出して、近くの病院の精神科医の処方を受診するのはどうでしょうか。
カウンセラーに相談するのも、もちろん有効です。
強調しておきたい事実ですが、
まれに、心の病いが浮気という形で表れることがあるということです。
無意識レベルで記憶している幼少時の家庭問題、親からの虐待、非情なニグレクト…。
子供の精神にはとても耐えられないトラウマが成人した後に、「歪なカタチ」で表面化することも、あります。
人は、恋に落ちる。
これは、善悪を超えた、人の事実です。
ただ、その恋がどういうものなのか、なぜ?という問いを欠かさない。
保証された恋なんてものはありえませんから、
いつも、その奥底にある「何か」が何なのか。
考えることは無意味ではないと、考えます。
どうでしょうか。
忌憚のないコメントをお待ちしております。